2005年07月21日発行 第0352号 論説
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 ■■■    日本国の研究           
 ■■■    不安との訣別/再生のカルテ
 ■■■                       編集長 猪瀬直樹
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「郵貯消滅」
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■はじめに

 郵政民営化の必要性はわかりにくい。それ以上に不安すらある。これまでの
郵便は、郵貯は、簡保は、どうなるのか? こうした疑問に答えるため、『郵
貯消滅』(PHP刊)なる本をまとめてみた。以下では、この本の内容を紹介
しながら、そうした疑問に答えてみたい。

■戦後の郵貯と財投

 日本が戦争に負けあと、最大の課題は復興だった。こういうとき、吉田内閣
が採用したのが傾斜生産方式だった。産業振興のカナメとなる石炭・鉄鋼・電
力・造船・肥料を中心とする基礎産業部門に、重点的に資材や資金を提供する
というやり方である。復興金融公庫という政府機関をつくり、そこを窓口にし
て資金を流した。その資金の一部が郵便貯金だったわけだ。政府主導型という
産業復興は、明治維新政府が行った殖産興業とほとんどおなじような考え方で
行われたわけである。国策としての郵便貯金はこういう場合、非常に役に立っ
たのである。
 
 こうして日本は昭和三十年代の前半に高度経済成長の波に乗った。この時期
にも、一貫して郵貯の資金は政府によって有効に使われてきた。おそらく昭和
の三十年代後半から四十年代の前半までは、郵貯は本当に意味のあった貯金で
あり、それを元にした財政投融資が高度成長を押し上げてきたと言っても過言
ではない。
 
 しかし、日本がほぼ高度経済成長を達成して豊かな時代といわれるようにな
ってからも、郵貯を原資とした財政投融資を続けてきたのが、今、まさに命取
りになろうとしている。もう郵貯に頼らなくても、本来そういうところへ投資
する銀行も相当力をつけてきたからだ。政府がやるべきところと、民間がやる
べきところのわりふりを、そこで考えなおすべきだった。それが昭和四十年代
後半の財政計画であり、経済政策であるべきだった。
 
 しかしそれをしなかったのである。そして、昭和五十年代後半から始まった
バブル経済が止めを刺した。土地価格の異常な高騰で、銀行など金融機関が不
動産業に積極的に融資したが、一時の熱気が冷めて土地価格が急落した。銀行
や生保などは膨大な不良債権を抱えこんでしまった。
 
 このときもまた、こんどこそ構造改革をしなければほんとうに日本はダメに
なるという議論が盛んだったが、結局は従来通りに政府主導型の財政投融資に
よる景気対策で乗り切ろうとした。結果的にはこれは成功しなかった。それが
今日のデフレ型経済と、なかなか浮揚しない長期不況の元凶となっている。

■バブル崩壊後も増えつづけた郵貯

 バブル崩壊のころには郵貯の残高は約百兆円だったが、ピーク時には2.5
倍の二百五十兆円にも達している。わずか十数年にして二倍以上にもなるとい
うのは、異常な集まり方である。郵貯の定額貯金は、半年複利で六パーセント
であった。こんな金利の預金は、どこの金融機関を探しても見当たらないのだ
から、当然と言えば当然である。
 
 郵政公社に集まっているお金は郵貯だけではない。簡保、すなわち簡易郵便
保険がある。その特別終身保険は一千万円を十年以上預けて六十歳になると年
金方式で月々七〜八万円、生涯にわたって受け取るのが簡保である。途中で死
亡しても元金は保障される。こういう簡保が二十種類以上あり、そこに集まっ
ているお金が百兆円ほどある。
 
 こうして、郵政公社は郵貯と簡保で三百四十〜三百五十兆円ものお金を集め
ているわけだ。バブル崩壊後も郵貯・簡保という資金がだぶついていたから、
これまでどおりに財政投融資という名目で住宅公団や日本道路公団などにどし
どし貸し付けた。だから建てる必要もない住宅を建てたり、通す必要もない高
速道路を作ったりしてきた。
 
 現在も、郵政公社は財政投融資債、略して財投債を買って政府に資金を提供
している。財投債は実際には国債であり、郵政資金の九割かたはそうした実質
的に政府保証のついた国債や地方債に換えられている。では、財投債を買うの
と財投に預託するのとどこが違うのであろうか。従来、財投に全額預託してい
ていたときは、国債金利にちょっと上乗せする特別待遇を受けていた。率にし
て0.2%である。郵政資金はそれだけ高い利子を受け取っていたわけである。
だから郵貯は、定額貯金というような民間金融機関よりも有利な金融商品を売
ることができたのである。
 
 いずれにしても、もうこんな財投はやめよう、こんな異常な財投を可能にす
る郵貯・簡保はもうやめよう、というのが郵政公社民営化の基本的な考え方で
ある。構造改革はすでに三十年以上も昔の大阪万博のころに手をつけなければ
ならなかった大きな問題だったのである。
 
 郵貯はいわば国営貯蓄だった。それが必要だったから政府はつくり、利用し
てきた。しかし、もう四半世紀以上も前に本当の役割は終えており、そのとき
キッパリやめておけばよかったのだが、いろいろな事情が絡まりすぎてなし得
なかった。今日、いよいよそういう構造を変えなければ、国家そのものがおか
しくなりそうだということが、見通せる段階に達してしまったのである。
 
 郵貯を、あるいは簡保を国営のまま残すことはもうやめよう。そのためには、
思い切った郵政事業の改革が必要なのだ。国営をやめて民営化すれば、それが
できる。郵政公社民営化はそういう発想から生まれている。郵貯はいわば資本
主義社会の中の社会主義的システムだ。社会主義というのは、個人にあまり所
得を渡さず、企業利益もほとんど国家に納めさせ、あまり必要でもないインフ
ラの建設とか完全平等型の社会保障給付という形で個人に還元するシステムで
ある。郵貯はまさにそういうタイプの社会主義システムである。それが行き詰
まったのである。

■郵政民営化は借金体質をかえさせることになる

 政府は国債に頼らない財政に切り替えていく大きな方針を打ち出している。
公共投資の対GDP比を先進国並にすること、社会保障費の伸びをGDP成長
率程度に抑制すること、財政投融資を半減することなどが大きな柱だ。国債発
行額も三十兆円を限度にするという努力目標を掲げた。実際には、平成十七年
度予算をみても、その目標は守られてはいないが、将来的にはそうしなければ
国家はやっていけないから、必ず実現させるはずだ。とにかく、国債が四十兆
円、地方債が二十兆円、合わせて六十兆円という借金を毎年つくっていたので
は、誰が見てももう何年もはもたないことがわかってきた。
 
 郵貯は民営化したけれども、国債や地方債の発行額がかわらないようだと、
国家そのものが立ち行かなくなる。郵政民営化はそういう事態を避けるための
第一歩であり、きわめて中核的な第一歩である。

■金融国家への挑戦

 今後、日本は徐々に脱工業化社会へ向けて進んでいく。製造業からの収益に
直接大きくは依存しない社会、すなわち金融立国へつながっていく道を歩みは
じめることになる。それは好むと好まざるとに関わらず、高度な工業社会を達
成した国のみがたどる宿命的な選択である。少なくとも、二十一世紀の最初の
四半世紀の間に、われわれはそういう社会を実現していかなければならない。
 
 郵政公社の民営化は、直接的には借金体質の構造改革の一環として取り組ま
れているにもかかわらず、それによって想定される社会はもはや旧来の工業社
会ではない。新しい金融国家である。それは今アメリカに生まれつつあり、も
ちろん政府だけの施策で創造できる国家ではない。われわれの祖先や先輩たち
が、未曾有の国家的危機に直面したとき、よくその目標とするところを過たず、
克服してきたことを思えば、その子孫たるわれわれが達成できないはずはない
であろう。
 
 産みの苦しみは今ピークに達しているようであるが、民営化法案の成立、新
生日本の誕生を目指し、同志諸氏、最後の詰へと歩を進めていこうではありま
せんか。

■著者略歴■
跡田直澄(あとたなおすみ) 慶應義塾大学商学部教授。和歌山大学講師、帝
塚山大学助教授、名古屋市立大学教授などを経て現職。専門は公共経済学。大
阪大学大学院経済学研究科招聘教授。博士(経済学)。主な著書に、『郵貯消
滅』(PHP研究所)、『財政投融資制度の改革と公債市場』(税務経理協会)
など。ホームページは
http://www.fbc.keio.ac.jp/~atoda/

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