プロフィール

猪瀬直樹

猪瀬直樹

作家。1946年、長野県生まれ。
87年『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『日本国の研究』で96年度文藝春秋読者賞受賞。以降、特殊法人等の廃止・民営化に取り組み、2002年6月末、小泉首相より道路関係四公団民営化推進委員会委員に任命される。その戦いを描いた『道路の権力』(文春文庫)に続き『道路の決着』(文春文庫)が刊行された。
06年10月、東京工業大学特任教授、07年6月、東京都副知事に任命される。2012年12月、東京都知事に就任。

猪瀬直樹 略年譜

  • 1946(昭和21)年11月20日 長野県に生まれる。
    ・1950年5月 3歳半のとき父親が狭心症で急死。
    ・1951年4月 幼稚園に。
  • 1953(昭和28)年4月 小学校入学。
    信州大学教育学部附属長野小学校は通知表のないめずらしい学校で、ただ好奇心だけがあればよかったが、それでも座学は退屈だった。低血圧の僕にとって朝は辛いが放課後は元気になった。校庭が二つあり、建物の裏側の庭は自然に生えたクローバで敷きつめられていてそこでよく遊んだ。夏になると炎天下、郊外の森まで三十分も四十分も歩いて、昆虫採集に熱中した。
  • 1959(昭和34)年4月 中学校入学。
    著作集第9巻『唱歌誕生 ふるさとを創った男』の解題に「国際化時代と日本人の生き方」として、母校での講演録(「信州大学教育学部附属長野中学校五十周年記念講演」)を収録してある。
    中学時代はトンネルのようで、早く抜け出たいと思った。
  • 1962(昭和37)年4月 高校入学。
    附属中学から県立長野高校へ、というのはひとつのコースだった。高 校二年ぐらいになると用意された道を歩くことに疑問を感じはじめた。
  • 1966(昭和41)年4月 19歳。大学へ。
    浪人して医学部受験のために、途中で上京して予備校へ通った。受験に失敗して、東京で暮らしたあとに松本市の信州大学人文学部に入学し学生生活を送ったことが、結果として複眼的な思考には不可欠だった。流行の思想も 知り、またそれに距離をおくこと、この二つのバランスをどうとるか、である。
  • 1970(昭和45)年3月 23歳。大学卒業。
    全国に拡がった全共闘の学生運動は1969年11月に終わった。翌70年2月、上京。結婚。中野区 沼袋のアパートに住む。74年に横浜へ引っ越し、その年に長女誕生。78年、長男誕生。
  • 1972(昭和47)年4月 25歳。大学院へ通う。
    「日本の近代」を捉え直そうという気持ちが昂然とわい てきた。大学院へ行こうと決めたのは
    正月である。
  • 1979(昭和54)年 32歳。
    中央線中野駅北口の近くにワンルームの仕事場を持ち、本格的に雑誌の記事を書き はじめる。本田靖春著『誘拐』を読み、こういう方法もあるのか、と感心した。
  • 1983(昭和58)年3月 36歳。
    『天皇の影法師』を朝日新聞社より刊行(87年新潮文庫、00年朝日文庫)。書き下ろしである。雑誌の記事を書きはじめて生計をたてるようになって から、出版の機会はちらほらあったが全部断わっていた。橋川先生との約束にこたえる作品が書けそうな気がしてきたが、 なお数年の準備期間が必要だった。
  • 1983(昭和58)年秋 仕事場を曙橋へ移したあと、「週刊ポスト」から連載の打診があった。
    この年は『天皇の影法師』のほかに8月に『昭和16年夏の敗戦』(「BIG MAN」82年7月~12月号に連載、86年文春文庫)を世界文化社より、11月に『日本凡人伝』(「スタジオ・ボイス」82年12月~83年12月号に連載、85年新潮文庫)を弓立社より、12月に『死者たちのロッキード事件』(「週刊現代」83年3月5日~4月9日号に連載、87年文春文庫)を文藝春秋より、それぞれ刊行した。 「週刊ポスト」の関根進編集長に会い、『ミカドの肖像』の連載を約束したのはこの年の12月である。
    1985(昭和60)年5月『あさってのジョー』新潮社。(※初出「スタジオ・ボイス」84年1月~85年2月号、88年新潮文庫 化の際に『二度目の仕事』に改題)
  • 1987(昭和62)年 40歳。10月7日、『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。
    『ミカドの肖像』は「週刊ポスト」に一年七カ月(85年1月18日~86年8月1日号、91年小学館ライブ ラリー、92年新潮文庫)かけて連載された。連載スタート時に渋谷区神宮前の小さな一軒家をみつけ仕事場にして いた。資料が増えたために、大宅賞受賞後から西麻布二丁目のマンションに移転。部屋が九十平方メートル、ベランダが三十平 方メートルあったのでなんとかなると思ったが甘かった。緑濃い青山墓地が近く、夕方によく散歩するようになった。
    8月 『日本凡人伝 死を見つめる仕事』新潮社(※初出「BOX」84年4月~85年4月号、91年新潮文庫)
    10月 『ミカドの肖像』でジャポニズム学会特別賞受賞
    11月 山口昌男との対論集『ミカドと世紀末』平凡社(98年新潮文庫)
  • 1988(昭和63年)11月 『ノンフィクション宣言』文藝春秋
    (※初出「翻訳の世界」87年4月~88年8月号、92年文春文庫)
    12月 『土地の神話』小学館(※初出「週刊ポスト」88年1月15日~10月7日号、92年小学館ライブラリー、93年新潮文庫)
  • 1989(昭和64)年1月7日 昭和天皇崩御。平成元年となる。
    天皇崩御の12日前、1988年12月26日に母が亡くなった。
  • 1989(平成元)年7月 写真集『Invisible City―東京、ながい夢』河出書房新社
    8月 『ニューズの冒険』文藝春秋(※初出「週刊SPA!」88年6月9日~89年4月26日号、93年文春文庫)
    12月 『日本凡人伝 今をつかむ仕事』新潮社(※初出「男のBEタイム」テレビ東京系88年4月~89年3月放映、93年新潮文庫)
  • 1990(平成2)年6月 『ふるさとを創った男』日本放送出版協会
    (※初出「月刊Weeks」89年1月~90年6月号、94年文春文庫化の際に『唱歌誕生 ふるさとを創った男』に改題)新社
    11月 『欲望のメディア』小学館(※初出「週刊ポスト」89年8月25日~90年8月3日号、94年新潮文庫)
  • 1991(平成3)年7月 『ミカドの国の記号論』小学館(※初出「SAPIO」89年6月~90年12月号、96年河出文庫)
    8月 「週刊文春」に「ニュースの考古学」の連載開始
  • 1992(平成4)年7月 劇画原作『ラストニュース?』小学館
    (※初出「ビッグコミックオリジナル」91年9月20日~95年7月20日号、?から?まで順次刊行、?は96年1月。01年8月~02年2月に小学館文庫全7巻に)
    10月 『ニュースの考古学』文藝春秋(※初出「週刊文春」91年8月~92年7月)
  • 1993(平成5)年4月 『迷路の達人』文藝春秋(98年文春文庫化の際に『僕の青春放浪』に改題)
    6月 『黒船の世紀』小学館(※初出「週刊ポスト」92年1月3日~93年3月19日 号、98年文春文庫)
    10月 『禁忌の領域ニュースの考古学?』文藝春秋(※初出「週刊文春」92年8月~93年7月)
  • 1993(平成5)年11月 現在の仕事場に移転。同じ西麻布二丁目。内田繁設計の地上四階・地下一階の少し変わったスタイルのビルいわば、”私設図書館”である。もう仕事場の引っ越しはないだろう。
  • 1994(平成6)年7月 『交通事故鑑定人S氏の事件簿』文藝春秋
    (※初出「ブルータス」87年3月1日~3月15日号、「小説すばる」87年創刊冬季号)
    11月 『ニュースの考古学?´93 ~´94』文藝春秋(※初出「週刊文春」93年8月~94年8月)
  • 1995(平成7)年11月 『ペルソナ三島由紀夫伝』文藝春秋
    (※初出「週刊ポスト」95年1月1・6日合併号~10月13日号、99年文春文庫)
  • 1996(平成8)年8月 知日派外国人十人との対論集『ニッポンを読み解く』小学館
    (※初出「SAPIO」95年6月14日~96年5月22日号)
    9月 『瀕死のジャーナリズム』文藝春秋(※初出「週刊文春ニュースの考古学」94年9月~96年7月ほか)
    12月 96年度文藝春秋読者賞受賞(「文藝春秋」連載の「日本国の研究」)
  • 1997(平成9)年3月 『日本国の研究』文藝春秋
    (※初出「文藝春秋」(96年11月~97年1月号、99年文春文庫)
    4月 日本ペンクラブ理事・言論表現委員長に
  • 1998(平成10)年5月 『マガジン青春譜』小学館
    (※初出「週刊ポスト」97年5月23日~98年5月1日号)
  • 1999(平成11)年3月 『続・日本国の研究』文藝春秋
    (※初出「週刊文春ニュースの考古学」96年8月~99年2月、02年文春文庫)
  • 2000(平成12)年5月 『明日も夕焼け』朝日新聞社
    (※初出「朝日新聞」99年4月4日~12月26日)
    7月 阿川弘之らとの対論集『二十世紀日本の戦争』文春新書(※初出「文藝春秋」99年12月号)
    9月 政府税制調査会委員(2009年まで)
    11月 『ピカレスク 太宰治伝』小学館(※初出「週刊ポスト」99年9月24日~00年11月10日号)
  • 2001(平成13)年3月 メールマガジン「日本国の研究不安との訣別/再生のカルテ」開始、『一気にわかるデフレ危機』『一気にわかる特殊法人民営化』『一気にわかる住宅金融公庫廃止論』『一気にわかる空港の内幕』などシリーズ本としてPHP研究所より順次刊行。
    4月 『小論文の書き方』文春新書(※初出91年8月~01年3月「週刊文春
    ニュースの考古学」を集大成して取材の仕方、小論文の作成の方法を示したもの)
    4月 国際日本文化研究センター客員教授(2003年3月まで)
    4月 東京大学客員教授(2009年まで)
    6月 行政改革担当大臣の諮問機関・行政改革断行評議会委員に
    12月 『ラストチャンス』光文社(行革断行評議会の経過を記者会見記録を含めて緊急出版)
  • 2002(平成14)年6月 日本文藝家協会理事(2004年3月まで)
    6月 道路関係四公団民営化推進委員会委員(2005年9月まで)
    7月 対論集『日本復活のシナリオ論客20人の結論』(※初出「THE21」01年1月~02年5月、「Voice」01年11月、02年3月「潮」01年11月)
  • 2003(平成15)年11月 『道路の権力』文藝春秋(書き下ろし)
  • 2004(平成16)年4月 『こころの王国』文藝春秋(「文學界」02年4月号~03年12月号に連載)
  • 2005(平成17)年2月 緊急出版『決戦・郵政民営化』PHP研究所
    4月 『ゼロ成長の富国論』文藝春秋
  • 2006(平成18)年1月 地方分権21世紀ビジョン懇談会メンバー
    3月 『この国のゆくえ』ダイヤモンド社
    3月 『道路の権力』文春文庫
    4月 『道路の決着』小学館
    6月 『持続可能なニッポンへ』ダイヤモンド社
    10月 東京工業大学 世界文明センター 特任教授
  • 2007(平成19)年3月 『ピカレスク 太宰治伝』文春文庫
    4月 地方分権改革推進委員会委員
    6月 『作家の誕生』朝日新書
    6月 東京都副知事
    7月 『空気と戦争』文春新書
    8月 『二宮金次郎はなぜ薪を背負っているのか?』文春文庫
    10月 『東京からはじめよう』ダイヤモンド社
  • 2008(平成20)年1月 『こころの王国 菊池寛と文藝春秋の誕生』文春文庫
    6月 『日本の信義』小学館
    7月 『道路の決着』文春文庫
    10月 『国を変える力』(ダイヤモンド社)
    11月 『霞が関「解体」戦争』草思社
  • 2009(平成21)年11月 「ジミーの誕生日 アメリカが天皇明仁に刻んだ『死の暗号』」文藝春秋
  • 2010(平成22)年6月 『東京の副知事になってみたら』小学館101新書
    6月 『昭和16年夏の敗戦』中公文庫
  • 2011(平成23)年1月 『猪瀬直樹の仕事力』潮出版社
    2月 『地下鉄は誰のものか』ちくま新書
    2月 『突破する力』青春出版社
    6月 『言葉の力』中公新書ラクレ
    6月 『黒船の世紀』中公文庫
  • 2012(平成24)年3月 『決断する力』PHPビジネス新書
    4月 『天皇の影法師』中公文庫
    11月 『解決する力』PHPビジネス新書
    12月 東京都知事に就任
  • 2013(平成25)年2月 『土地の神話』小学館文庫
    3月 『欲望のメディア』小学館文庫
    3月 『日本凡人伝』ちくま文庫